TOP 学び ブッダメガネ 寺子屋ブッダの仏教講座 vol.4 苦の原因、“無明モード”とは?

寺子屋ブッダの仏教講座
vol.4 苦の原因、“無明モード”とは?

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この講座のVol.3で、人は「こうあってほしいと願う理想」と「あがないようの無い現実」のGapに苦しんでいるとお伝えしました。私たちはなぜ、現実から目を背け、言わば妄想に心を寄せてしまうのでしょう。お釈迦様は、長い修行の末、その原因を人間の「自己中心的な欲望」によるものだと解き明かされました。その欲望というのは意識出来るような表面的な欲ではありません。自分の奥そこ〜〜〜の光も届かないくらいのところにわき上がる欲望なのです。仏教では、無意識にわき上がる自己中心的な欲望を“無明”と呼びます。

自動防御装置とも言える“無明モード”は、全く無意識のうちに、自分にとって辛い現実を自動的に隠してくれるのです。大変便利な機能ですが、隠してくれているだけなので、いつかは現実に直面します。その時に自分の思っていた理想と現実にGapが生じて「こんなはずじゃなーい!」と苦しむのです。

たとえば、いつまでも若くありたいと願う気持ちはみんなが持つと思いますが、残念ながら人間は必ず年を取ります。それが「あがないようの無い現実」です。そんな現実に対しても“無明モード”が自動的に働いて、「あまりにも辛い現実だから、普段は忘れていた方が良いよ」と目の前から隠してしまうのです。そうすると、人間はあたかも老いる事の無い妄想上の自分が現実の自分だと勘違いし、勝手に若いままの自分を造り上げてしまいます。しかし何かの拍子に老いを実感すると、今まで忘れていた分、理想と現実のGapにショック!!となるわけです。まさに、現実を見失い浮き足立った幽霊状態ですね。そこには、どうすることも出来ない“苦”が待っているのです。

一方、老いを隠さず常に受け入れながら生きていれば、Gapがない自分ですから、結果的に苦は生まれません。こうした、欲望に振り回されない生き方が仏教の目指す理想であり、仏教徒の基本姿勢なのです。

つまり、“苦”を無くすには、自己中心的な欲である“無明”をコントロールして、現実を正しく見つめられる心を持つことが大切なのです。曇ったココロのメガネを磨く努力が、苦を退治してくれるという訳です。

さあ、これで万事解決!という訳にはもちろん行かないのが世の常です。もうちょっとだけ、お付き合いください。この“無明”は、自分を中心として世の中を見て、自分にとって都合の悪いものは、自分に都合の良いように解釈したり、場合によっては無意識に隠したりしてしまう、メチャクチャ手強い奴なんです。この話を他人事だと思っている人は、特に要注意!自分の自己中心的な部分に全く気がついていない、重症のジコチュウさんかも知れませんよ!“無明”はどんなに修行を積んだ人の中だって現れるものなのです。

さあ、いよいよこの講義も山場です。次回は、「自己中心的な“無明モード”をコントロールしてスッキリと生きる実践法」について学びましょう。

お楽しみに!